8.拳を交え、心を通わせ【ワケあり勇者】

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「手合わせ、ですか」

 

「怖いなら手加減してやってもいいぞ」

 

 リトが不敵な笑みを向けると、ジークも唇の端をつり上げた。

 

「この私が怖いだなんて、ありえませんよ。ただ付き合うだけだなんてつまらないと思っただけです」

 

「へぇ。なにか考えでもあるのか?」

 

「そうですね。『あの時』のように、私を地面へ這いつくばらせることができたらあなたの願いをなんでも一つ叶えてあげるなんてどうでしょうか?」

 

「そんなこと言ってもいいのか? アタシが悪いヤツなら、とんでもないことを要求するかもしれないぞ?」

 

「たとえば?」

 

 ジークは目を細めて問うた。

 リトの言葉を心待ちにしているようだ。

 逆に聞き返されたリトは戸惑って視線をあちらこちらへ向けた。答えを用意していないのが丸わかりだ。

 

「えっ、ええっ。たとえば? うーん、お、お金とか?」

 

「お金が欲しいんですか?」

 

 またしても聞き返されて、慌てる。

 

「えっ、うーん……。よくよく考えたらそんなに欲しくないかもしれない……。お金だけがあってもしかたないし。――あーもう、勝ってからジックリ考えるからいい! できなかったらアタシもなんでも一つ、アンタの願い事をきいてやるよ!」

 

 その場で地団駄を踏むリトを、ジークはほほ笑ましそうに眺めた。

 

「いいでしょう。俄然、やる気が出てきました」

 

 ジークはそう言うと構えた。

 それもリトが先ほどまで構えていた姿をマネてだ。

 それを見て、リトのこめかみがピクリと反応する。

 

「絶対、勝つ!」

 

 とびかかり、拳を振るう。

 拳がジークの頬をかすめ、傷を作った。

 

(猿真似でどうにかなるほど、クマ殺し流は甘くない!)

 

 よろけたジークに拳でラッシュを繰り返す。

 しかし、次はどれもかすめることすらなかった。

 技をかけようと掴みかかるもするりと避けられてしまうし、連続蹴りも当たらない。

 それどころか、ジークの避ける精度がどんどん上がっていき、リトが攻撃を放つ前からそれが当たらないことがわかり躊躇ってしまうほどであった。

 

(い、今の、危なかった。実戦ならあの隙でやり返されていた。コイツ、やっぱり強い……)

 

 リトは前世の記憶も合わせるとさまざまなタイプの格闘家と拳を交えてきた。

 だからこそ、相手の力量を感じ取ることができる。

 リト自身が、彼よりも遥か下であることを理解しているがけして諦めたりしない。妥協することも、絶望することさえしなかった。

 

(こんなヤツ、初めてだ……!)

 

 リトの胸が高鳴っていく。

 ジークもだんだんと攻撃を避けるだけではなく、ガードするようになってきた。

 リトの攻撃に合わせて、手と足を使い、攻撃を防ぐ。

 それはリトがこの世界で生まれ落ちて初めての、待ち望んでいた組み手となった。

 常人では目で追うのもやっとの攻防を繰り返し、リトですら息が上がっているにもかかわらず、ジークは呼吸一つ乱れない。

 思考することすらままならないリトが蹴りあげようと足を上げた瞬間である。目にもとまらぬ速さでジークは攻撃を腕で防ぎ、そのままくるりと背を向けた。

 

「っ?!」

 

 リトが驚き、息を飲む。

 

(この技は……!)

 

 背を向けたジークが、リトの視界の端で足が動いたのが見える。

 

(背面回し蹴り……!)

 

 気付き、防ごうとしても間に合わず、条件反射的に目を閉じた。

 リトの頬が風を受ける。

 

(あれ……?)

 

 痛みはない。目を開けると、蹴りあげるポーズのままジークは動きを止めていた。

 

「攻撃を当てると思いました?」

 

 にっこりとほほ笑む彼に、リトは緊張がとけて尻もちをつく。

 

「あ~~もう、なんだよ、強すぎるだろ~……。アタシの負けだ」

 

 そのまま大の字で寝転がると、思い出し笑いをするようにリトはクスクス笑い始めた。

 

「負けたのに、なにがおかしいんですか?」

 

「くくくっ。――わかんない。だけど、すごく愉快な気分なんだ。アタシ、負けたことなかったからさ。本当は絶対悔しいはずなのに、そんなふうに思えないんだよね。あーあ、でも負けは負けだ。アンタの願いなんでも一つだけきくよ」

 

 ひとしきり笑った後、ジークを見上げた。

 

(女に二言はない。結婚でもなんでもしてやるよ)

 

 そう覚悟していた。

 しかし、ジークは不思議なものを見るようにリトを見つめて、しばらくしてから口を開く。

 

「それならば、私のことを名前で呼んでください」

 

「へ?! い、今なんて?!」

 

 リトは思わず勢いよく起き上がる。信じられないというように瞬きを繰り返してジークを見たが、ふざけている様子もない。

 

「ですから、名前を呼んでほしいと言ったんですよ。私の名前は“アンタ”ではありませんからね」

 

「そ、それはわかってる! だけど、いいのか? なんでも言うことをきくって名目で勝負をしたんだぞ!? それなら――」

 

「結婚を条件にすると思いましたか?」

 

 指摘され、リトは首を縦にブンブンと振った。

 

「リトはわかっていないですね。勝負の報酬で結婚してもらってもうれしくないでしょう。私はできることなら、心を通わせる過程を楽しみたいのです」

 

 ジークの言い分に眉を寄せる。

 

(なんだ、コイツ。変わったヤツだと思っていたけど案外普通なところもあるんだな。いや、普通っていうか、乙女チック……?)

 

 ジークは隣に腰かける。

 

「さぁ、ではさっそく名前を呼んでいただけますか?」

 

「えっ、え~~~~……」

 

 リトは気まずそうに視線をそらした。

 

(なんか、改めて名前を呼べって言われると照れるな……)

 

「なにをそんなに渋っているのですか?」

 

 指摘はもっともで、リトはもじもじとしている。

 

「さぁ」

 

 しびれをきらしたジークが、リトの両頬を手のひらで包んで、強制的に見つめ合う。頬をむぎゅっと押されてやや話しにくそうにしているリトは顔を真っ赤にさせる。

 

(アタシ、今絶対変な顔してる!)

 

「名前を呼ぶから!! だからこの手を離せ~!」

 

「いいえ、ダメです。すぐに言わないからこうなるのですよ。目を見て呼んでもらいましょう!」

 

(くっそ! 絶対言うまで離してくれないヤツだ……!)

 

 結婚することまで覚悟したにもかかわらず、名前を呼ぶ、たったそれだけが恥ずかしい。

 

「わかったよ……ジーク……」

 

 風でかき消えてしまいそうなほど、小さな声だった。

 頬を真っ赤に染めて、目は潤み、震える桜色の唇。

 ジークはその姿に放心し、ゆっくりと彼女の頬から手を離す。

 

「……ジーク? どうかし――」

 

「国宝級のかわいさ……」

 

「えっ」

 

「……すみません。取り乱しました」

 

 ジークは顔も合わせず、スッと立ち上がると背を向けた。白銀の髪が月夜に輝いてきらめく。

 

「すてきな夜をありがとうございます。私もいい運動ができて気分転換になりました。ですが、今度こそ部屋に戻った方がいい。夜風で体が冷えて、風邪をひいては大変ですから」

 

 では、と続けてジークは去ってしまった。

 

「お、おう……」

 

(突然なんなんだ。変なヤツ……)

 

 月夜に照らされた彼のとがった耳がほんのりピンクに色づいていることをリトは気付かなかった。

 

 

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