6.魔王と勇者の取引【ワケあり勇者】

 

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「魔王ぉおぉぉぉおおお!!」

 

 静かな魔王城に獣の咆哮のようなリトの声と、地鳴りのような足音が響き渡る。

 

 バンッ!

 

 大きな音を立て魔王の部屋の扉を開けたリトはハァハァと肩で呼吸をしながら入っていく。身にまとっているのは桃色のドレス、首にはスカーフ。頭にはレースとリボンたっぷりのヘッドドレスを付けている。

 

 暴走する彼女を止めようとしたメイドたちは、一人はリトの腰にしがみつき、他の二人は両腕、もう一人は右足に腕を絡ませてそのまま引きずられるようにしてやってきたのだ。

 その姿に書類と向き合っていた魔王も驚いた表情をしたが、すぐに頬を緩めると羽ペンを置いた。

 

 メイドたちは申し訳なさそうにリトから離れて部屋から出ていき、二人きりになる。

 

「おや、まぁ。賑やかな登場ですね。湯かげんはどうでした?」

 

「すっごく気持ちよかったぞ! ――ってそういうことじゃなくって! このドレスはいったいどういうつもりだ!」

 

 問われた魔王は立ち上がると「どういうつもり……ですか」と呟き、自らの顎を撫でながらリトに近づいた。

 

「女性はドレスを贈るとよろこぶと聞いたのですが。もしかして趣味ではありませんでしたか?」

 

「い、いや……うれしかったけど……かわいいし……」

 

 ごにょごにょ呟くリトであったがすぐに首を横に振った。

 

「そういうことじゃなくて、似合わないだろ! これじゃあコスプレだ!」

 

「コスプレ? とは、なにかわかりませんが。よく似合っていますよ」

 

 ほほ笑むと魔王は手を伸ばし、ヘッドドレスに垂れているリボンに触れて引き寄せるとキスをした。

 

「とってもかわいらしい」

 

 みるみるうちにリトの顔が真っ赤に染まり、肩をふるわせた。

 

(コイツは、また恥ずかしげもなく甘い言葉を……!)

 

「ううう、うるさぁーい!」

 

 アッパーのように下から突き上げるリトの拳を魔王はスルリと後ろにかわすと、楽しそうに目を細めた。

 

「こわいこわい。式を挙げる前に傷だらけになったらどうしましょう」

 

「お前となんか結婚しない! それに歯の浮くようなセリフもやめろ! 胸の奥がぞわぞわする」

 

「それは手応えありの反応と受け取っていいのでしょうか?」

 

「どうしてそうなる!」

 

 叫んでハァハァと息を切らすリトは、すぐにあることを閃いた。

 

「……ははーん、わかったぞ! 本当はアタシを困らせるのが目的だったのか。そうやってからかっておもしろがっているんだろう?」

 

「まあ、たしかにあなたを見ていると飽きませんけどね」

 

「やっぱり! だったらこの不吉なマークもとってくれ! 遊びじゃすまされないぞ!」

 

 リトはそう言うと隠すように巻いていたスカーフをグイっと引っ張って見せる。

 日に焼けた健康的な首もとには、魔王をあらわす山羊のマークがくっきりと現れている。

 それに気づいた魔王は唇の端をつり上げて笑う。

 

「なにがおかしい!」

 

「ふふふ。愛らしいと思っているだけですよ。たしかにあなたを見ていると飽きませんが、別にからかっているつもりでも、遊びでそのマークをつけたつもりもないのですよ」

 

「じゃあ、どんな目的で……」

 

「本気であなたを手に入れたいと思っているのです。だから私の所有物であるという印をつけました。魔王の所有物だとわかってむやみに触る魔族はいないでしょう。それに……あなたもそんなマークをつけておちおち逃げられないでしょうからね」

 

 やわらかな魔王の表情が冷たいものに変わり、リトは背筋をぞくりと震わせる。

 魔王の言う通りであった。

 首元の印がある限り、リトがどれほど否定しようとも魔王の『所有物』と見られることには間違いない。もう逃げるだけでは済まされなくなってしまったのだ。魔王が、印を取ると言わない限りは。

 

(こ、こいつ、やっぱり一筋縄でどうにかなる相手じゃない……。感情的になってはだめだ。幸い、なぜか好かれているようだし、ここはおとなしく冷静に対処して、しばらく相手の出方をうかがうしかない)

 

 そう判断すると、顔をふいと背けて見せた。

 

「なんとでも言えばいい。アタシは魔王と結婚する気も遣えるつもりもないからな! アタシは絶対にアンタの言うとおりになんかならない」

 

「おや、そうですか。それならば私もあなたを本気で落とすことにしましょう」

 

「くっ!」

 

(本当にああいえばこういうやつだ……。なにを考えているかわからない)

 

「それでは、さっそくこの優秀な魔王の本気をお見せいたします」

 

 自信満々な魔王はリトの腕を掴むと引っ張ってきた。

 

「お、おい! いったい何をするつもりだ!」

 

 そのまま連れられて二人は部屋を後にした。

 

「ほんっとうにいいのか?」

 

 リトは目を輝かせ、魔王を見た。

 先ほどまで『冷静に対処して、しばらく相手の出方を(以下省略)』と思っていたにもかかわらず、今は魔王にこびるような視線をおくっていた。

 

「ええ、かまいませんよ」

 

 魔王が承諾したのを皮切りに、リトは手を合わせた。

 

「わぁい! いただきまぁす!」

 

 目の前にはオードブルサイズの大皿がいくつも並び、サラダからハム、ロールキャベツにパスタまでパーティのように用意されていた。なかでも熊ほどある大きさの豚の丸焼きに手を伸ばすと、まるで綿飴を食べるかのごとく、ちぎってはヒョイ、ちぎってはヒョイと口の中へ放り込んでは食べていく。

 

「おやまあ……」

 

 その姿にさすがの魔王も驚いていた。

「噂には聞いていましたが見事な食べっぷり。小リス族が現れると『山が枯れる』というのは本当だったのですね」

 

 感嘆の声に、リトはピタリと手を止めた。

 耳は下がり、尻尾も悲しそうに揺れている。

 

「どうかしたのですか?」

 

「……それが、アタシたちが嫌われる理由なんだ」

 

「よければ話してみてください。なにか力になれるかもしれません」

 

 魔王はリトの向かいに座り、肘をついた。本当に話を聞いてくれるつもりなのだとわかるとリトは食べるのを止めて話始める。

 

「アタシは……アンタも知っての通り、亜人の中でも嫌われものの子リス族だ。とにかく一人当たりの食事量が多い。少ない人数で集団生活を送っているが、なにせ食糧問題が深刻でひとつの場所に留まり続けることができないんだ」

 

「なるほど。だから『山が枯れる』ですか」

 

「そ、それは違う! アタシたちだって食べるものは選んでいるし、生態系のことは気にかけている! 採るのは必要な分だけ、熟れたものを採る、若い芽は摘まないとか、ルールを作って守っている!」

 

 言葉に熱がともるリトであったが、魔王は静かに頷いた。

 

「みなまで言わなくてもわかります。大方豊作の季節を渡り歩いてきたのでしょう。実りのある場所を探し、温かい季節を目指し、渡り鳥のように生活しているのですね。しかし、彼らが去るといういうことは次の季節がやってくるということ。本来その土地に住んでいた者たちが、子リス族のせいで食べ物がなくなったのだと恨んで噂を流すことも安易に想像できます」

 

 リトはウンウンと何度も縦に首を振った。

 

「そうなんだ。その噂でアタシたちは行くところを失いかけている。今いるところだって、また冬がくるはずだ。頼りの流通も魔王のせいで滞って……仲間たちは今もお腹を空かせているのに……アタシは……」

 

 今にも泣きそうな瞳で、リトは食事を見下ろした。

 

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったですね」

 

「へ?」

 

 突然のことでリトは間抜けな声で返した。

 

「名前ですよ、名前。いつまでもあなたと呼ぶのも失礼でしょう」

 

「……リトだ」

 

 名前を聞いた魔王は、何度か「リト」と自分に馴染ませているように呟いた。

 

「いい名前ですね、リト。私の名前はジークグリウド。ジークと呼んでください」

 

「魔王の名前なんかアタシは呼ばないからな! 慣れあう気もない!」

 

 魔王――ジークは苦笑する。

 

「つれないですねぇ。私は仲良くしたいと思っているんですが」

 

「お断りだ!」

 

「私の国で、あなたの村人を引き取ると言ってもですか?」

 

「な……」

 

 リトは一瞬言われている言葉の意味を理解できずに固まってしまった。

 

→7.魔王はスケスケがお好き 

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