5.勇者の涙【ワケあり勇者】

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 ご満悦な魔王は人差し指を揺らすと、足の拘束を解いてしまう。

 

「……?」

 

「逃げたければ逃げてもいいですよ。――でもその前に、そうですね。お風呂に入ってきれいな服に着替えてはいかがでしょう?」

 

「風呂……?」

 

 呆然としていると扉が開け放たれる。

 先ほど部屋から出ていった四人のお面を被ったメイドが入ってきたかと思うとリトにとびかかってきた。

 

「なぁっ!? なんなんだ! 次は!」

 

「だからお風呂ですよ。一人では大変でしょう?」

 

「風呂くらい自分で入れる!」

 

 メイドたちの手によって揉みくちゃにされながらリトは答える。しかし女性に暴力をすることのできないリトはなすがまま八本の手によって服を掴まれてしまう。

 

「や、やめろ! ふ、ふふふ服をひっぱるな! 破けっ――あっ!」

 

 ビリッ。

 大きな音とともに白いシャツが引き破られる。

 

「わぁおっ」

 

 うれしそうな声を上げた魔王の顔に、リトは近くにあった花瓶を投げた。

 それを器用にキャッチされてしまう。

 

「見るな! せめてお前は出ていけ!!」

 

 胸を押さえながら吠えるように叫ぶと、魔王はやれやれとオーバーリアクションをとった後退出していった。

 

「あ、あの! ホントにアタシ、自分で風呂くらい入れるから!」

 

 メイドたちに言うも、次から次へと伸びてくる手は止まらず、リトの服を力づくで脱がすと、まるで胴上げでもするかのように持ち上げて浴室まで連れていかれてしまった。

 頭の先からお湯をかけられ、犬や猫を洗うように全身泡だらけにされて洗われる。

 すっかりきれいになるとメイドたちはそそくさと浴室から退場していった。

 裸のリトはその状況をボーっと見てるしかなかった。

 

「な、なんだったんだ。いったい……」

 

 それでも誰かに体を洗ってもらうのはとても気持ちがいい。

 敏感な耳や尻尾もていねいに洗ってもらった。

 バスタブにはられたきれいなお湯を覗く。

 なんの変哲もないお風呂であるが、この世界では珍しい。

 とくにリトの村は貧しく、お湯をたくさん使うことはできなかった。いつも近くの川で体をすすぐことしかできないでいたのだ。

 足先からそっとお湯へ入っていく。

 

「はぁ~~……」

 

 心の底から声が出る。

 お風呂に入ると日本で暮らしていた時のことを思い出してしまう。

 

「親父……元気にしてるかな……」

 

 親父とは、リトではなく熊谷理人の父、熊谷京志郎のことである。

 リトが思い出すのは、父の大きな背中だ。

 人並外れた筋骨隆々の体を持ち、いがぐり頭にひげ面。おまけに声もでかくて、怒ると怖い。若いころには各国の格闘技を学び、帰国してからは独自に『熊殺し流』を編み出し、道場を立ち上げた。

 理人の母となる女性とは帰国後に出会ったが、理人を出産と同時に亡くなってしまった。

 男で一つで娘の理人を育てながら、道場を切り盛りできるほど京志郎は器用ではない。

 そのため、理人は男よりも男らしさを求められた。朝も夜も道場で修業をさせられ、恨んだ時もあった。

 

 ――どうしてアタシは、よその子みたいにおしゃれしちゃいけないの……?

 

 ――せめて……もっと小さくてかわいかったら……。

 

 悩んでも、恨んでも修業を休むことはしなかった。

 理人もまた、京志郎のように真面目でまっすぐな人間であったからだ。

 

 胴回し回転急所蹴り。

 

 魔王の顎にヒットした大技の名前である。

 敵に背を向け、回し蹴りで顎を狙う。

 当たれば相手は立っていられないが、外れれば態勢を崩してしまって大きな隙のできる諸刃の剣。

 理人は何度も京志郎に練習させられ、嫌というほどそのフォームは体に染みついていた。

 練習と、父京志郎の愛情が転生した理人の魂を救ったのだ。

 リトは感謝し、一人置いてきてしまった父を思い一人涙する。

 理人は京志郎が弱音を吐いたところを見たことがない。愛した人を早くに亡くし、しかも娘まで事故で失った。辛くないはずはないだろう。父を思うと悲しくて、いつも考えないようにしていた。

 

「グズッ……」

 

 リトは、勢いお湯を顔にバシャバシャとかけると頬を思い切り両手で叩いた。

 バチーンッ、という大きな音が響く。

 

「メソメソしてても仕方ない! アタシはもう熊谷理人じゃない、リトだ! 親父が叩きこんでくれた武術と正義の心を胸に、生きていくしかなぁい!」

 

 そうして勢いよくバスタブから飛び出した。

 ふと、姿見が目についた。

 

「んんっ???」

 

 大きなしっぽが左右に揺れる。

 見知った自分の体に見おぼえないものがあるのだ。

 眉間に皺を寄せ、姿見に近づいた。

 首元に大きな痣がある。リトの手のひらくらいある大きさだ。

 

「いや……これは、痣っていうか……」

 

 よくよく見ると模様になっていた。黒いヤギの髑髏マーク。これは魔王を表す不吉な印だ。

 そして、その場所は魔王に噛まれた場所である。

 

「ぎゃぁあああぁぁあああ!!!!」

 

 

→6.魔王と勇者の取引

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