1.ワケあり勇者、登場【ワケあり勇者】

 ステンドグラスに身を隠し、足首まであるローブを着た娘、リトは息を殺していた。

 

(やっとこの日がやってきた……。とても長かった)

 

 齢十七歳のリトの胸はドキドキと高鳴っていた。

 

 彼女には、前世の記憶がある。

 この世界とは違う、日本という場所で暮らしていた記憶が。

 

 そこでは熊谷理人という名前で女子高生をしていて、あることをきっかけに不慮の事故で死んでしまった。

 前世の記憶に気付いたのは、剣と魔法の世界『ホワイトファブル』で生を受けてから十年後のことだ。

 幸運なことに優しい両親のもとに生まれ、奇しくもリトと名づけられて愛情をたくさん注がれて育てられた。

 

 事故死したことを思い出したときはショックであったが、今の両親や村の人々のことが大好きでめそめそしてはいけないと彼女はすぐに頭を切り替えることにした。

 彼女はもともと頭がよくない。良くいえばプラス思考。悪くいえば猪突猛進で考えなし。猪のような女である。

 

 そして珍しいくらい澄んだ心の持ち主で、正義感に溢れていた。

 

 そんな彼女が、魔王のせいで流通が滞り、村や両親が貧困に苦しんでいることを知れば見過ごせるハズがなかった。

 十六歳になったある日「アタシが魔王を倒して世界を平和にする!」と言いだすやいなや、必死に止める村人や両親を押し切ってその日のうちに旅に出た。

 それから一年間、お金がなくて飢えるときも、山賊に襲われることもあったが、どんなに困っても一度も村には帰らず旅をして、たった一人で魔王城に乗り込んだのだ。

 

(魔王はいつも昼すぎに謁見の間に訪れることは調査済みだ)

 

 リトは自信満々に瞳を輝かせる。

 作戦はこうである。

 いつものように魔王が謁見の間にやってきて玉座に座る。そこで後ろから奇襲をかけるのだ。

 猪突猛進なリトにしては『まだマシ』な作戦である。

 

(正々堂々、といきたいところだけど、魔王はとても卑劣なヤツだって噂を聞いた。これは一対一の決闘なんかじゃない。家族の為に、村の為になんとしても魔王を討伐しなければいけない……!)

 

 闘志を燃やすリトを他所に、謁見の間の扉がギギギと音をたてて重々しく開く。

 リトは思わず息を飲んだ。

 

(あれが魔王……。美しい男だ)

 

 威厳のある山羊の角は大きくそり上がり、上質な銀糸のような白く長い髪、雪のような白い肌。遠くからでもわかる澄んだ空色の瞳には片眼鏡がかけられている。どこか憂いある表情をしていた。黒いマントを羽織っているものの、妖精を思わせる体の線も薄い男である。

 リトは生前をあわせてもこれほど美麗な男を見たことがない。

 

(いけない! アイツは悪いヤツなんだ! あのやる気のない表情だって、なにか悪だくみをしているに違いない!)

 

 魔王はゆっくりとした動作で玉座に座る。リトには気付いていない様子だ。

 お付きのものも今はいないようだった。

 

(今だ! 今しかない!)

 

 リトはステンドグラスから軽やかに飛び降り、背負っていた重剣に手をかけてそのまま振り下ろした。

 立派な玉座は真っ二つになる。

 

「やった! ――……?」

 

 重剣を持ち上げてもパラりと砂埃が落ちるだけで魔王の姿はない。

 

「なんですか、あなたは」

 

 顔を上げるとすぐそばに魔王が立っていた。声さえも穏やかだ。

 

(コイツ、いつの間に……足音が、しなかったぞ!)

 

「バレてしまったからには仕方がない! お前を討つ為にやってきた勇者だ!」

 

「はあ……そうですか」

 

「なんだその間の抜けた返事は!」

 

 剣先を喉元に突きつけるが魔王は眉ひとつ動かない。めんどくさそうに溜め息をつくだけだ。

 

「私になにを期待しているのやら。……そんなおもちゃを向けられても怖くないですよ。私を討つだなんておかしなことを言わずにさっさと帰りなさい。お嬢さん」

 

「お、お嬢さん?!」

 

「お嬢さんでしょう? フードを被っていても声でわかる。悪いことは言いません。警備に見つかる前に帰りなさい。私はあなたの命になんて興味がない。バカなことはやめなさい」

 

 魔王は指先で剣先を叩く。

 

「バカ……だって?」

 

 途端、リトの頭の血管がプチンと切れた。

 

「そんなこと、やってみないとわからないだろ!」

 

 重剣を振り下ろすと、大理石でできた床が破壊される。

 

「無理だって言っているでしょう?」

 

 魔王はリトの隣に立ち、リトのフードに手をかけた。

 

「触るな!」

 

 重剣を振り回すと、魔王はさらりと交わして後ろへ下がる。

 

「血気盛んな方ですね。ちょっと顔をみようとしただけではないですか」

 

「うるさい!」

 

 魔王を追い詰めて剣を思い切り振り下ろす。

 

(仕留めた!)

 

 すると見えない壁のようなものに重剣は弾かれ、折れてしまった。刃が吹き飛ぶ瞬間、リトのフードをかすめていった。はらりとフードが切れてリトの頭があらわになった。

 

「なんと。これは珍しい。亜人小リス族ではないですか」

 

「……!」

 

 バレてしまっては仕方がない。

 折れてしまった剣を投げ捨て、ローブを脱いだ。

 魔王の言う通り、リトは亜人小リス族だ。

 栗毛のショートボブに切りそろえられた髪、そして頭にはリスのようにふさふさの小さな耳がついている。くりくりとした愛くるしいアーモンド型の瞳ときゅっと結ばれた小さな桜色の唇。そうして焦げ茶色の大きくてふわふわのしっぽを持つ。

 丈の短な白いシャツから可愛いへそがのぞいていた。

 

2.美しい魔王 →

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